会長挨拶
瓦林達比古 日本母性衛生学会を開催するにあたって
第53回日本母性衛生学会・学術集会 大会長
瓦林達比古(福岡大学医学部産婦人科 教授)

近年、わが国では未婚率の上昇や女性の晩婚化に伴う出生数の減少により、少産少子化の傾向が続いています。一方では、初婚年齢の上昇による不妊症の増加で生殖補助医療が一般化し、その結果、多胎や高齢妊婦が増えて帝王切開分娩が増加するなど、ヒトの生殖現象そのものも大きく変化してきました。妊娠・出産・産褥授乳は社会を維持するための生理現象であったにも関わらず、そのこと自体が変化を余儀なくされ、更に由々しきことは、「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はない」との考えに賛成する人が42.8%(内閣府調査)にも上ったそうです。

 

さて、殆どの診療科における医療の多くは病んだ人を治療して元の社会に復帰させる「個の医療」です。しかし、産婦人科の医療には個人の治療に留まらず、国の人口構造に大きな影響を与える生殖としての「種の医療」が重要な診療対象として含まれています。すなわち、これは「個のいのち」と「種のいのち」を同時に考え、診療に対峙していることに他なりません。ヒトは偶然生まれてきますが、いつの日か必然的に死を迎えます。これは厳然たる事実ですが、ヒトは文化の一環として医療を考案し、結果的には生物学的な種の維持における自然淘汰の原則を大きく変えてしまいました。そのために医療の現場では、生殖補助医療に始まり、胎児治療、再生医療、脳死判定を含む臓器移植、尊厳死など数多くの「いのち」に関する倫理的な問題が提起されています。これらは国民性や宗教や生活環境などの影響が大きく、わが国ではそれぞれ未だ法的な整備が追いついていません。しかし、多様な個の命の仕組みを解明してそれ自体限られた長期生存に寄与できたとしても、ヒトの生殖の形が変わり、また急速な環境破壊が進めば、ヒトという種が絶えてしまうこともあり得ます。

 

「種のいのち」の維持に密接に関係する母性とは、「女性が母として持っている性質。また、母たるもの。」であり、母性愛は「母親が持つ、子に対する先天的・本能的な愛情。」と言われています。この母性の喪失も、育児放棄や家庭内暴力など多くの社会問題の一因であることは想像に難くありません。父親を含め、親になれない親が増加し、「親学」を論じなければならないような世の中になってしまいました。私達の職務は妊娠・出産・育児に対する教育と実際の支援であり、家族から始まるヒトの社会を形作るために最も根源的な、「母性」や「母性愛」という感情を育む現場で遂行されています。なお一層私達が努力することで、広く「母性」が再認識され、そしてさらに個や種の「いのち」が尊重され、温もりのある思いやりに溢れた社会が再び形成されることを心から願っている次第です。

 

この度、福岡県では初めての第53回日本母性衛生学会(平成24年11月16・17日)をアクロス福岡(福岡市)で開催することとなりました。幸いなことに、福岡県には4つの医学部を含め10校もの看護系大学や17の専門学校があります。これら教育機関の力を結集し、医療関係者以外の多くの方々にもご参加頂き、明るい次世代づくりの討議や提案ができるよう企画して参る所存です。皆様方の温かいご支援を切にお願い申し上げます。

日本母性衛生学会ロゴ 映画「うまれる」自主上映会について
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